歴史

  • 第六十回 氷川坊 覺順の史跡

    By on 2019年8月27日

          境内のイチョウの下に建つ氷川堂(ひかわどう)には、「氷川坊さん」と呼ばれた慈眼寺の第十五代住職、覺順和尚(かくじゅんおしょう)の石像が奉られています。 この像は万延元年(1860

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    慈眼寺
  • 第五十七回 慈眼堂橋のいま

    By on 2019年5月29日

        青梅街道沿いに位置する慈眼寺ですが、創建当時から現在の土地に建立されていた訳ではありません。 江戸時代に移転する以前は、現在地より北東部(今日における中野区中央二丁目。堀越高等学校の間近)に建

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    慈眼寺
  • 第二十七回 芸術の秋 …敦煌(とんこう)巡礼記録 (おまけ)

    By on 2017年11月1日

    暖房が不可欠な寒さが続いている、今日この頃。 「スポーツの秋」「読書の秋」「食欲の秋」など、さまざまな形容詞が付けられる秋ですが・・・ 今回は「芸術の秋」に焦点を当て、しばらく連載していた「敦煌巡礼記録」に交え、1988

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  • 第十九回 写真にみる慈眼寺の歴史(旧本堂写真の発見)

    By on 2017年6月20日

        先日、図書館で調べものをしていたところ… 昭和八年(1933)に発刊された『中野町史』という本の中に、慈眼寺の旧本堂についての記録と、その姿を残した写真(上記参照)が掲載されているのを見つけま

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  • 第十七回 絵にみる慈眼寺の歴史

    By on 2017年5月25日

    「慈眼寺の歴史」のページでも述べましたとおり、慈眼寺は室町時代の天文十三(1544)年、今日における中野坂上駅方面・堀越高校の隣りに創建された寺院です。 その後江戸時代になってから、今日における新中野駅近く・青梅街道(お

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