第三十七回 平成三十年度花祭り挙行 / 「花祭り」という呼び名の起こり

第三十七回 平成三十年度花祭り挙行 / 「花祭り」という呼び名の起こり

まだ境内の八重桜が満開だった、去る四月八日。

例年通り第一斎場にて、お釈迦さまのお誕生日を祝した行事・花祭り(仏誕会・灌仏会)法要を執り行いました。

 

当日は多くのお檀家様がおみえになり、甘茶をお釈迦さまの像にそそぐ灌仏(かんぶつ)を行っていただいたのち、甘茶を飲んでいただきました。

 

 

 

苦味と甘味と爽やかさが混じった、非日常的な美味しさがある甘茶。

今年も好評につき、一滴も残りませんでした。

 


 

さて、今から約千四百年前。日本への仏教伝来(583年)から間もない606年・・・。

『日本書紀』の記述によれば、この年の時点で既に奈良県の元興寺(がんごうじ)において、お釈迦さまの誕生を祝う催しが行われていました

しかし、今日一般的に用いられている「花祭り」という名称は、当時はまだ存在していなかったようです。

 

この「花祭り」という名称の起源については、とても興味深いエピソードが残されています。

この名称は明治時代、なんとドイツで生まれたと言われています。

 

明治三十四年(1901)四月、当時ドイツに留学していた日本の僧侶たちがベルリンのホテルに集い、お釈迦さまの像を花で囲んでお祝いをしました。

この行事は、ブルーメンフェスト(ドイツ語にて「花のお祭り」)と名付けられ、約三百人ものドイツ人も参加し、翌年も開催されるほど大きな盛り上がりをみせたそうです。

 

日本において「花祭り」の名が初めて使われたのは、それから十五年後の大正五年(1916)のことです。以来、日本でもこの呼び名が一般的になりました。

 

あくまでも日本人が考えた名称であるとはいえ、仏教行事の名前の由来がドイツでの出来事に端を発するものだという事は、何とも不思議な話ではないでしょうか。

 

 

 

 

※今回の記事は田中純男 編『釈迦信仰の世界』(ノンブル社 2016年)内

小島恵良 記「花まつりと甘茶」を一部参考とさせていただきました。(敬称略)