毎年秋、当ブログでは仏教にまつわる様々な芸術作品をご紹介しております。
今回ご紹介するのは、高名な真言宗の僧侶:寛朝(かんちょう)僧正が主人公となった小説『落花』です。
寛朝僧正(916-998)は声明(しょうみょう:メロディを付して唱えるお経)の大家として名高い実在の僧侶であり、法事などの仏事でお唱えする『理趣経(りしゅきょう)』の一部に音階を付した人物としても伝えられています。
この小説は寛朝僧正とその従者の視点から、当時坂東(関東地方)で起きた戦乱:平将門の乱を描いた歴史物語です。
「至誠の声」の習得を胸に秘めて仁和寺(京都)から坂東へ向かった僧正は、様々な争いに巻き込まれるうちに平将門と出会います。歩む道は違えども、僧正と平将門は交流を深めることになります。
一方、僧正と同じく音楽の才に秀でており、坂東に存在する琵琶の名器を手に入れようとしていた従者は、戦を扇動することで混乱に乗じ琵琶を奪おうと企みます。
戦を止めようと奔走する僧正。悪計を重ねる従者。もはや引き返せない道を進む平将門。
混迷を極める戦乱の世の中で、僧正は「至誠の声」を見出すことが出来るのか…?
…以上が、この小説のあらましとなります。
この小説はフィクションですが、執筆に際して著者の澤田瞳子氏は数々の文献資料・論文等(真言宗の僧侶の方のものも含む)を参考にされたようで、今とは全く様相の異なる千年前の日本の描写が生々しい現実味を持っています。
中盤には「『理趣経』の一部分に初めて音階を付ける」場面も具体的に描かれていますが、絶対に知ることが出来ない当時の僧正の心情等を、説得力をもって感じることができました。
歴史背景や人物の血縁関係をある程度把握していないとやや難しい部分もありますが、そもそも仏教徒向けではなく一般の方々向けに連載されていた小説ですので、読み進められない程に難解というわけではないと感じます。
最後に明らかになる“とある人物の正体”について知っていると(もしくは読後に調べると)、物語をより楽しむことができるかもしれません。
大河ドラマを観るような気分で、じっくりと味わってみてはいかがでしょうか。
2017年に読売新聞にて連載されていた『落花』の切り抜き。
全236回の連載を毎回楽しみにしておりました。最初に新聞で「寛朝」という名を目にした時は、まさか寛朝僧正を主人公とした小説が始まるとは…と、とても驚いたことを覚えています。
(著作権保護のため画像にぼかしを入れてあります。)
【書誌情報】
『落花』
著:澤田瞳子 発行:中央公論新社 2019年